武蔵野美術大学 空間演出デザイン学科卒業後、有限会社すぎにて木工技術を習得し、2016年 木工房千舟 開業。
第57回日本クラフト展 クラフトNEXT 入選。
木工象嵌や木工ろくろを駆使し、空想的な世界感のアートワークを製作。同じシリーズのアクセサリーや人形でも、異なる樹種と模様によって、 ひとつずつが個性輝く唯一無二の作品へと昇華させています。
座間市 木工房 千舟
岩宮 千尋
岩宮さんが木の魅力に気がついたのは美大3年生の時。家具デザイナーの小泉誠さんのゼミに入り、住まいの設計や限られた材料からイスを作る課題で木を扱うようになったことがきっかけでした。
「ゼミ室にあったダンボール箱からボコボコの端材を拾って紙やすりを当ててるとキレイになっていくのに感動したんです。そこで木を扱う面白さを知りました」
もともと映画や絵を描くことが好きだった岩宮さんは高校時代は美術部で活動し、舞台美術を学ぶために美大を目指します。高校3年生からは美術予備校に通うなどしっかりと勉強を重ね、入学後1、2年生でインテリアやファッションなどの基礎を学びました。グループワーク中心の授業が多い中で、徐々に自分は一人で取り組む方が合ってるのでは?と思いが強くなり、一人でもできるものという観点から家具が中心の小泉ゼミへ。そこでのゼミ活動でさらに気づきがあります。
「私はプロダクト制作に向いてないのでは?と思うようになりました。真っ直ぐに線を引くのも苦手でしたし、周りと比べると仕事も丁寧な方ではないみたい…」
そしてなぜ美大に行きたかったのか?という原点に帰るかのようにある想いを強くします。
「夢の世界にかたちを与えるワクワク感が好き」
そもそも舞台美術を志したきっかけは映画、なかでもSFやファンタジーが好きだった岩宮さんが創作の起点を再発見したかのような想いにたどり着いたのでした。
木を扱う面白さと作品を生み出すモチベーションが揃い、木の作家としての核が生まれたのがこの頃のようです。プロダクトを学びながらも実用品ではなく、絵本の1ページのような作品を生み出す今の岩宮さんのスタイルに繋がっています。
風計を生み出す岩宮さんの技術「木象嵌(もくぞうがん)」は、模様を書いた板と台板を重ねてミシン鋸で切った後に、模様を描いた板を台板にはめ込むことで絵を作っていく技術です。通常は厚く作ったものを0.2mmに薄く剥ぐ「ヅク」という手法で同じ絵柄を複数制作しますが、岩宮さんはサンダーで薄く削って仕上げるのでそれぞれが一点モノの作品というのが特徴です。そのために風計は一つ一つにシリアルナンバーが刻印、腕時計も金属のケース裏に刻印されており、同じ柄や木の表情は存在しない製品です。
手神プロデューサーの池谷さんは初めて岩宮さんの作品を見た時に「元になる絵本があるんですか?」と質問したと言いますが、風計 腕時計の発売に当たって制作された300枚の文字盤が並ぶ様子は、まるで大きな一つのストーリーの切り取られたワンシーンを見るよう。そして購入した方の腕でその方との新しい物語を生み出し、岩宮さんが描いた世界がさらに広がっていく。それは1つのエピソードが別のエピソードへと繋がる映画のようにも思えます。
「ヅク」という複製の手法を取らなかったことは、映画や絵本が好きな岩宮さんならではの必然的な選択だったのではないでしょうか。
腕時計については象嵌の厚みや組み込みに当たって形状を保てるかといった技術的なチャレンジも多々あり、「一人ではできなかった」と300枚の文字盤を前に感想を漏らす岩宮さん。今後も手神メンバーにご協力いただきながら名刺ケースなど実用的な製品の開発にも意欲があると言うほか、作品のために書き溜めているスケッチがたくさんあることや、何もない砂漠やグランドキャニオンのような場所が好きなこと。スペインにあるいつか旅したい場所のことなど、まだまだ映画の1シーンのような作品が生まれて来そうなお話を伺いました。
購入された方々がその1シーンの続きを作っていく、長い旅の始まりのような作品をこれからも楽しみにしています。